大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)6555号 判決 1968年9月24日
原告
松波滉
被告
光川和男
ほか一名
主文
一、被告石谷登代子は原告に対し金八一、四三〇円および右金員に対する昭和四一年一二月二四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
一、原告の被告石谷登代子に対するその余の請求及び被告光川和男に対する請求を棄却する。
一、訴訟費用は原告と石谷登代子との間においては、原告に生じた費用の一〇分の一を被告石谷登代子の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告光川和男との間においては、全部原告の負担とする。
一、この判決の第一項は仮りに執行することができる。
一、但し、被告石谷登代子において原告に対し金五〇、〇〇〇円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第一原告の申立
被告らは各自原告に対し金八八四、六四〇円および右金員に対する昭和四一年一二月二四日(訴状送達の日の翌日)から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え
との判決ならびに仮執行の宣言。
第二争いのない事実
一、本件事故発生
とき 昭和四一年一月一一日午前一一時ごろ
ところ 大阪市北区堀川町一三番地先路上
事故車 普通自動車、パブリカライトバン(泉五せ五八八七号)
運転者 被告光川
受傷者 原告
態様 前記道路を北から南に向つて横断中、停車していたトラツクの前面を通り越した原告と、右トラツクの南側を東から西に向け走行して来た事故車との間に事故が発生し、原告は全治六ケ月を要する左足骨折の傷害を負つた。
二、責任原因事実
被告石谷は事故車を所有し、これを被告光川の協力のもとに営むタイプ印刷業のため使用していた。
三、損害の填補
原告は後記損害金中、被告光川より金六二、五七〇円の支払いを受けた。
第三争点
(原告の主張)
一、事故発生の地点並びに態様
本件事故発生の地点は別紙図面(A)点であつて、南森町市バス停留所西方の南北道路を横切つて堀川橋北東詰に出、ここから南に横断する途中の道路上である。原告が右地点で横断中、停止中のトラツク(図面(イ))の運転手が、その前を通れと合図してくれたので、通常の歩速でこの前を通つて更に南側に一歩踏み出した途端、右トラツクとすれすれに時速二五キロメートルで西進して来た事故車に接触され転倒した。当時、西行車道は、赤信号のため車両が三列に並んで停車中であつたが、その最左翼を右のような速度で進入して来ることは運転手として非常識といわざるを得ず、被告光川は前記トラツクの前から出て来た原告の姿を右前方に認めて急停止措置を採つたが及ばず本件事故に至つたもので、同被告の事故車運転上の過失は明らかである。
なお被告が事故地点と主張する別紙図面(B)点附近に横断禁止標識があつたのは認めるが、同地点は実際の発生地点((A)点)よりは二十数メートルも東方になる。しかも原告は別紙図面点線のとおり、南森町バス停留所に下車してから、堀川橋東詰迄北側歩道を歩いた上横断を始めたのであるが、右道路北側には折柄工事中の故か横断禁止標識は掲出されていなかつた。又堀川橋上は従来から歩道がなく、歩行者は身の危険を感じていたところである。
二、損害
本件事故により原告の蒙つた損害は次のとおり
(一) 入院治療費 一七七、〇一〇円
(二) 通院・レントゲン・マツサージ治療費 二〇、〇〇〇円
(三) 休業補償費 二五〇、〇〇〇円
原告は五興産業株式会社の嘱託として月収五〇、〇〇〇円を得ていたところ、本件事故のため五ケ月間休業した。
(四) 慰藉料 五〇〇、〇〇〇円
前記傷害を受け、大阪回生病院に六四日間入院し、二回に亘つて整形手術を受け退院したが、四ケ月の通院加療を要した。受傷後一〇ケ月を経ても歩行が充分でなく。今後なお抜金のため四日間の入院手術を必要とする。
三、よつて、被告光川は民法七〇九条により、被告石谷は自賠法三条により、原告の上記損害を賠償する義務がある。
(被告の主張)
一、本件事故は、停滞中の西行車両の、乗用車と大型トラツクの前部の間から原告が突然飛出し、急制動で停止した事故車のボンネツト上にかぶさるように倒れかかつたものであつて、原告の受傷も、その際事故車前部バンバーに原告自ら突き当り、左脚を強く打ちつけたことによるものである。
二、本件事故発生地点は別紙図面(B)点であり、同所は横断禁止地域で禁止標識が掲出されている。
三、被告らはこれまで交通事故に関し、取調べ、処分等を受けたことは一度もない。
四、要するに本件事故は、右のように、横断禁止地域で、左右の安全の確認もせず飛出した原告の一方的過失にすべての責任があるのであつて、被告らには何らの責任もない。
五、被告らは、これ迄充分の誠意を尽している。
第四証拠 〔略〕
第五争点に対する判断
一、本件事故の態様
当時原告は南森町バス停留所でバスを降り、歩道を西進して堀川橋手前の南北道路をわたり、同橋東詰で左折して本件道路を横断し始めたが(その経路は別紙図面点線のとおり)、西行軌道上から南側へ二列に車が停滞停車中であつたため、その間を縫つて進もうとしていると、二列目(南側)に停車していたトラツク(別紙図面(イ))の運転手が「前を通れ」と合図してくれたので、その前面を通つて、その南側の停滞車両がなく空いていた車道部分に歩み出たところ、西進して来た事故車の右前バンバーが原告左足膠下部に接触して(別紙図面(A)地点)同地点にくづ折れて了い本件事故に至つた。一方被告光川は事故車を運転し、道路中央寄りから二列に車両が停滞している南側の、空いている本件車道上を、時速二〇ないし二五キロメートルで進行して事故地点にさしかかつたが、同乗していた被告石谷の「危ない」と言う叫びで原告に気づき、急制動をかけたものの及ばず、原告と接触するに至つたが、殆んど同事に事故車も停車した。事故発生地点は歩行者横断禁止の場所であつたが、道路北側は工事中のため禁止標識の掲出がなかつた。堀川橋西詰には信号機の設置があり横断が可能である。(〔証拠略〕)
二、被告らの責任
そうすれば、本件事故発生地が歩行者横断禁止の場所であつた以上、前側方への注視、安全確認の義務はさておき、停滞中の車両の間から歩行者が突出して来る場合を予め考慮して最徐行すべきまでの注意義務が、二列に停滞停車中の車両の左側の空いた道路部分を進行しようとする車両の運転者に要求せられるとは認められないから、これを二〇ないし二五キロメートルの速度を以て進行した被告光川に、その点において事故車運転上の過失があつたと当然には言いえないのみならず、被告光川が前・側方への注視を充分に尽しておれば、より早期に被害者を発見し得、そしてそれによつて事故を未然に防止し得たと明らかに認めるに足るものもないから、同被告に事故発生上前・側方注視・安全確認の義務を怠つた過失があるとも認定しえず、その他本件全証拠によるも、同被告にその他の事故車運転上の過失を認めるに足るものもない。従つて、被告光川に対しては過失の立証がないことに帰し、本件事故の責任を問うことはできない。しかし他面において、前認定の事実によれば、被告光川は被告石谷の「危ない」という叫びに始めて原告に気付いて急制動の措置を採り、原告と接触すると殆んど同時ぐらいに事故車は停車したというのであるところ、時速二〇ないし二五キロメートルで進行する車両が急停止するためには、極く標準的にみて概ね四ないし六メートルの制動距離を要するものと認められるから、このことよりすれば、当時事故車の直前に、停車々両のかげから突如原告が出現したものではなく、約四ないし六メートル手前において原告を認識し得ていた訳であり、しかもそれは、被告石谷の「危い」という叫びで始めて気付いたというのであるから、前側方への注視を充分に尽していたならば、より早く原告の姿を認識することが可能であつたのであり、そうとすれば、より早く急制動措置に出ることによつて、本件事故発生を未然に防止し得る余地があつたのではなかつたか、との疑問なきを得ない。換言するならば被告光川は事故車運転上前・側方に対する注視を尽し、その安全を確認して進行すべき義務を怠らなかつたと断定し得ないのではないかとの疑問を払拭しえないのであつて、右の見地よりすれば本件全証拠によるも、被告光川がより早く原告を発見し、より早く急制動の措置に出ることが不可能であつたとの事情すなわち被告光川の無過失を認めるに足るものはないといわなければならない。してみると、被告石谷は、〔証拠略〕よりすれば、当時事故車を自己のため運行の用に供していたものと推認されるから、自賠法三条により、本件事故により生じた後記原告の損害を賠償する義務がある。
三、損害
本件事故により原告の蒙つた損害は次のとおり。
(一) 入院治療費 一七〇、〇〇〇円
(二) 通院・レントゲン・マツサージ治療費、認められない。
(三) 休業補償費 二五〇、〇〇〇円
原告主張のとおり認められる。
(四) 慰藉料 三〇〇、〇〇〇円
大阪回生病院に六四日間入院し、その間二回に亘り整形手術を受けた。退院後約四ケ月通院加療を要した(但し実日数は月二、三回位)。現在なお患部屈折に障害を覚える。近い将来抜金のため入院手術の要がある。その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すると、右額が相当である。
四、過失相殺
本件事故発生については、原告にも、間近い堀川橋西詰に信号機の設置された横断箇所があるのに、交通の頻繁な事故発生地点で、停車中の車両の間を縫つてしかも、停滞車両のない車道部分では、当然本件事故車のように西進々行してくる車両のあることが予想されるのに、充分な注意を払わず不用意にこれを横断しようとした重大な過失を免れない。それで右過失を斟酌すると、本件損害中、その八割は原告自ら負担すべきものとするのが相当である。
第六結論
被告石谷は原告に対し前認定の損害額計金七二〇、〇〇〇円から前記過失相殺分(八割)及び既に填補を受けた前記六二、五七〇円を控除した残額金八一、四三〇円および右金員に対する本件不法行為発生の日以後である昭和四一年一二月二四日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。
被告光川に対する請求は棄却。
訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。
(裁判官 西岡宣兄)
別紙 <省略>